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佐賀藩の財政悪化・恐慌ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-3-9-6)

幕末、佐賀藩の財政悪化・恐慌(享和・文化時代:1801年~18010頃)ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-3-9-6)

第1編 公の出生以前と幼時

第3巻 齊直公の政治

第9章 文化の奢侈状態

・幕末、佐賀藩の財政悪化・恐慌(享和・文化時代:1801年~18010頃)

当時、多額の参勤交代費用の増大やフェートン号事件による警備費用の増大で、佐賀藩の財政は逼迫した。
1807年の当時の負債は、

銀1000貫目、米筈(現物の米と交換できる証券)8000石

だったのが、5年後の1812年には、

銀2万1000貫目(24倍) 、米筈30万石(38倍)

と激増した。

・長崎警備担当の武士は、給料の支払いも停滞し、佐賀藩が米筈を乱発したため、一升に交換できる米筈が価格40文として流通していたのが、 30文でも受け取る者がなくなってしまい、警備担当の武士は、藩政府に対して、現物の米で支払うように請求する状態となった。

・そこで、佐賀藩では、藩内の負債については、利息の支払いを止め、 15年分割払いの命令を出した。これで、債務者は大喜びであったが、債権者は貸金回収ができなくなり大打撃を受け、たくさんの倒産者が生じた。それとともに、利息が暴騰し、金融の道がなくなり、借金せざるを得ない家庭は、ますます困難を極めた。

・一方、佐賀藩は、 1818年、倹約令を出した。宴会を禁じた。夜間に訪問したり、食事を共にすることは禁止された。

・他方、佐賀藩が大阪で借金する際にも、公表できない機密の運動費を要するため、これに絡んで私欲を肥やす者も出てきた

(コメント:日本の負債は、現在、国だけで1057兆円になりました。国民1人当たり約833万円の借金を抱えていることになるそうです。今後は、インフレ政策しかありません。政府は、日本国債を海外で売ろうとしていますが、仮に売れたとしても、今度は、海外の金利政策等に大きく影響されるようになります。
今後、幕末の佐賀藩のようになるのでしょうか。日本の負債は、過去の話題ではありません。)

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