福岡の弁護士による借金 労働 家庭問題の相談    

孤独死は不幸か、家族に囲まれて死ぬのは幸福か。

沢木興道 老師 曰(いわ)く

「(坊主が)世間体を考えて、死ぬときには坐禅して死なんならんと思う。そんなバカな。

死ぬときには世間体もクソもあるかい。死ぬときに糞(くそ)ちびったならば、ちびって死んだらよい。
死にかけておるのに、まだ臨終(りんじゅう)にうまいこと死のうと思うておる。なるべく下手(へた)に人生終わったらよい。上手(じょうず)に、作りものみたいな顔して死なないでもよい。死ぬのまでも巧(たく)みに死のうと思っている奴がおる。そんなものは、みなこしらえものである。」

仏壇・葬式とお布施について

こんなことを この間も 誰やらが書いておった。 仏壇というものは 昔はありリはしなかった。江戸時代になって、ここの家はキリシタンだそうじゃないかというので、仏壇を作らせて、毎年それの検査をさせた。 これがお盆の棚経の始めである。
それから葬式というものは、また死人の検査だった。つまり キリシタンは死んだら真っ黒けになる、と言うふらしておいて検査をした、だから、あれは宗教でも何でもありやしない。 徳川の政策なんだ。お布施というものは、あれはキリシタンと言われんように というコミッションであった。 。沢木興道全集 第7巻-永平禄抄話ー325。