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江戸幕府の刑事訴訟手続き1(不敬罪)ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(2-9-26-2)

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第2編 公の初政治
第9巻 関札暴行事件
第26章 一橋家人関札侮辱の獄
江戸幕府の刑事訴訟手続き1(のらりくらりの交渉は難しい、不敬罪を犯した一橋家人相手」からの続き)

1,一橋家では、幕府に判断を仰ぐとともに、事実経過を記した書面を提出し、さらに種々の運動をして寛大処分を得ようとしていた。
佐賀藩でも、同じく書面を出すことにした。その際、「犯人の引渡しを求める」との文言を入れるか否かで争いはあったが、幕府の管轄下にある以上ふさわしくない、と言うことで削除した。

2,田中熊八ほか7人の容疑者は、勘定奉行に引致され、公事方掛、内藤隼人正の取り調べを受けることになった。1836年3月21日、 内藤は、川崎本陣の手代、猪之助を召喚し、証拠品として、關札を取り寄せ、詳細に事件の真相を聴取した。

 翌22日、法廷を開いた。調役、金井伊大夫をして、猪之助に、田中熊八ほか7人の容疑者を引き合わせて、実行犯を指示させた(面割り)。
金井は、猪之助に、「大事のお尋ねぞ、とくと腹を据えて正直に申し上げよ。田中熊八と申しし者は、このうちの誰なるか。」と問うた。猪之助は、臆するところなく、目をこらし「この人なり」と中島を指さした。
金井は、重ねて「よく心を静めて見定めよ。他人を見誤ってはいないか。」と念を押したが、猪之助は少しも動ぜず「この人なり」といって、ほかの者を引き合わせるも「違う」と一人一人について断言した。 田名らは、これを争い、けんけんごうごうとして止まなかった。よって、再び尋ねたが、猪之助は前言を変えることはなかった。
ここで、田中熊八と名乗った者は中島吉太郎、熊谷五郎八と名乗った者は大井源次郎と判明し、ごまかすために氏名を詐称したことが分かった。

3, 25日、さらに法廷を開いた。調役には、豊田藤之允を加えて、交互に被告らを尋問し、実行犯を特定しようとした。ただ、豊田は、一橋家による内密運動で調役に加わった者であった。
被告等の態度は、すこぶる傲慢で、皆口をそろえて、「一向にこころえず」と自白しなかった。「關札の囲いは中島一人で壊したが、そのほかのことは知らない。猪之助の指図で關札を打ち壊した。宿の羽織着用の者3人が關札を取り除き、彼らの土足にかかったのであろう。」と主張した。
これを聞いた猪之助は、驚いた顔色で、言語道断のことであり、宿の神田屋忠右衛門も現場を目撃していた、とさらに証言した。

4, よって、神田屋を召喚して尋問したところ、同人は臆するところなく白州に立ち上がって、彼らが土足にかけたときの身振りをしながら証言した。
金井は、中島等を詰問したが、囲いを取り崩したほかは一切を否認した。もって、金井は、尋問を変え、「關札の囲いを壊しただけなら、さほどの狼藉とも思われないのに、何故、氏名まで詐称したのか。」と詰問すると、被告等は返答に窮し一言の返答もしなかった。よって、拷問にかけたけれども、なおも「存ぜず知らず」と事実をはかず、むなしくその日は終わった。

5,佐賀藩では、事件の進展を気遣い、猪之助が思いも寄らぬ冤罪をうけるやもしれぬと予断を許さない状況になったので、夜遅く、金井の家を訪ね、「土足にかけたのは九里亀治郎・中島吉太郎の両人に相違なく、容貌確かに見覚えあり、両人を厳重に取り調べれば、必ず判明する。かつ、戸村孝五郎、諏訪熊次郎の両人は、容貌も見覚えがなく、事件の場所にいないようなので、この両人を説得すれば、必ず手がかりを得る、との事情を告げた。

6,4月1日、法廷を開廷し、金井が、戸村・諏訪の二人を諭し、これを別室に呼んで猪之助と対談させ、猪之助からもありのままに白状した方がよいと諭した。二人もその理屈に納得し、ありにままに話す覚悟を決め、再び白州に出て、「關札を打ち倒したのは中島吉太郎、大井源次郎、平井東吉、九里亀治郎の4人の所業に間違いない。」と断言した。

 されど、4人は、なお言を左右にして白状しないので、遂に九里亀治郎を海老責めの拷問にかけたところ、彼は苦痛に絶えずして「關札を打ち倒したのは、4人がともにしたことであるが、これに土足を掛けたのは中島吉太郎一人である」と白状した。
よって、中島を詰問したが、中島は、亀治郎の所為と言って、互いに責任逃れをした。やむを得ず、亀治郎を海老責めにしようとしたところ、大井源次郎と平井東吉は見るに忍びず、「關札を土足にかけたのは中島一人の所業で、九里亀治郎には関係ない。」と証言した。ここで、中島も、ついにそれに間違いないと白状し、ここで事件の真相は初めて判明した。

(「江戸幕府の刑事訴訟手続き2」へ続く)

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