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江戸時代の民事(行政)訴訟の実態(2)ー明治を生きた日本人群像・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(5-23-70-2 )

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第5編  公の国事周旋
第24巻 国事周旋
第71章 薩長の国事周旋(文久2年 1862年 49才)

      ・江戸時代の民事(行政)訴訟の実態

続き
・松林は、だいたい要領を得たが、複雑な話のストーリーと手続きで心配になり、いろいろ質問してコツを把握しようとした。そこで、某は、松林にリハーサルとして想定問答をして、実際に証言させ、「その語気はぬる過ぎる。いま一層語調を強くして呼吸を合わせないといかん。」などとアドバイスした。

・側にいた田中は、「隣の広間で、実際に練習した方がよい。」といって、広間を白洲に見立てて、某を尋問者として、松林へ尋問させ、松林に証言の仕方をマスターさせた。
リハーサルが終わる頃には、芸者が集まり、酒を運んできて、飲めや歌えの大騒ぎとなって、一同は一泊して帰った。
松林は、狐につままれたような心境で、実際の白洲の現場はあのように簡単にはいくまい、と思い悩んだ。

 法廷当日、「肥前候の家来、松林源蔵」と呼び出されて、戸ががらりと開かれて見ると、品川の遊郭であった某が、白洲役人の主席にあった。松林は、眼を疑うと同時に、驚いて卒倒しそうになった。そして、某は、前日に説明した順序で尋問し、松林は、前日のリハーサル通りに供述した。某は、あるときはきっとした口調で、あるときは厳かな声で尋問し、松林はその呼吸に合わせて証言した。争点では、いくつかの尋問があって、その日の白洲は終わった。

・あっけにとられた松林は、退廷後、ただちに田中方を訪問し、お礼を言った。田中は、「初日はすんだか?」と尋ねた。松林は、次の白洲はどうすべきか尋ねたところ、召喚日が決まり次第、またあの遊郭で打ち合わせようといい、その後の三回にわたる尋問も、前のように遊郭で打ち合わせ、もって、裁決を得た。

 あまりの意外さにあきれた松林は、このように遊楽のうちに裁判が進むものならば、「我は、何度も法廷にたってよい。」と言ったという。
(久米は言う)この訴訟は、私的なものではなく、幕府も妥協の余地があったものである。

(コメント:江戸時代の民事訴訟につては、あまり紹介されていません。ドイツ・フランスや、なんとローマ時代の裁判が紹介されても、日本の江戸時代のものは紹介されることはあまりありません。学者も、こんな実態だから、紹介する意欲がなくなってしまったのでしょうか。

しかし、裁判所が威厳にこだわるのは、江戸時代も今も一緒です。最高裁の建物や法廷も、奉行がお白洲の町民を見下げるのと同じように、上から見下げる設計になっています。判決の内容ではなく、建物の構造が、裁判を言い渡される当事者に結論について、有無を言わせない設計になっているのです。最高裁判官の意識が艘なのです。
地方裁判所や高等裁判所の法廷開廷時の扉も、裁判官がことさら足音を大きくして、法廷の当事者や傍聴人に暗に起立を求めます。常に権力者としての「権威」を意識するのです。

 証言の方法についてみると、ここにあるように、証言も、裁判所が民事訴訟の教科書通りに1問1答で、脈絡のないまま、ぽつんぽつんと証言するより、次第に核心に迫っていくやり方が、裁判官に強い印象を与えるのではないでしょうか。ただし、裁判官は、公の場ではこのやり方を否定します。)

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