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治茂公の弘道館に臨んで教育を奨励すー当時の弘道館の衰退ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-2-5-2)

治茂公の弘道館に臨んで教育を奨励すー当時の弘道館の衰退ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-2-5-2)

治茂公の弘道館に臨んで教育を奨励すー当時の弘道館の衰退ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-2-5-2)

第1編 公の出生以前と幼時

第2巻 長崎防衛の変化

第5章 治茂(直正の父)公の入部

・治茂公の弘道館に臨んで教育を奨励すー当時の弘道館の衰退

当時、武士も次第に勘定者に堕落する変兆があり、学問を嫌う風潮が相変わらず改まらない状況にあった。
弘道館も、創立のはじめは、館内に入りきらないくらい出席が多かった。しかし、元来、退屈が生じやすいやすいもので、怠惰な泰平の世の中に流れ、「このように難しい事は嫌だ」ということで、数年の間に、出席者も前ほどなく、・・・日常必要となる知識についても、無学の者よりも知らないものが多く、・・・・「学校は、今日の実用には役立たぬもの」と心得え、ひたすら「どんなことをしても、役人になりたし」と思うだけである。弘道館の試験も手間ばかりかかって、格別、出世にはならず、との了見から、学問を止めて世の中の流れに身を投じるものも出てきた。最近は、弘道館も寺子屋同然になって、残念の至りである。

公務員になりたい念が深く、万事につけて役人になりたいと思うのは、給料で養われる武士の平時における習いであるが、二重鎖国の中にある佐賀の場合は一層他の藩よりも深いものがある。

蘭学についてー(古賀穀堂いわく)ー
蘭学は、江戸・上方などに流行し、怪しげなことを好む人がなすということで変人とみなし、慰みごとというのは大きな間違いである。
蘭学は、オランダの学問ではない。世界のことを極めるためである。西洋諸国は、天文、地理、器物、外科など、中国よりも詳しいことは、人が知るところである。治国の制度も面白く、経済の助けになるはずである。
黒田藩には蘭学の家があって、長崎のことに携わると聞いている。最近、ロシア船が来た時も、誰もロシア船が日本に来た海路を正確に知るものは、ほとんどいなかった。ロシアの知識も、昔の学者・新井白石の「西洋紀聞」の類を読んだ程度の知識しかなかった。

 (コメント:英語は、英国の学問ではない。英語を通して世界のこと、最先端の科学を学ぶのだ、というような堂々たる英語論はあまり聞きません。
・今も、日本全国の大学生は、県庁職員になりたいと強く思っています。昔の佐賀藩と全く同じです。)