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親権者指定で「 行動科学の知見を活用した事実の調査」は、優れた方法か?

  親権者指定で「 行動科学の知見を活用した事実の調査」は、優れた方法か?

「子の監護者指定・引渡調停・審判事件の審理」(「家事事件・人事訴訟事件の実務」H.27.6.30 東京家事事件研究会編中の論文)を読んで。

  この論文では、「家事事件手続法下における審判事件の審理・進行では、「行動科学の知見を活用した事実の調査」として、「子の監護状況」「子の意向」「親子交流場面の観察」などを行っている。
家裁調査官が、子の意思の状況を把握するにあたっては、「その専門的知見を活用して、子の言語的な表面のみならず、非言語的な表現や子が置かれている状況などについて、この年齢や発達状況といった視点を踏まえた分析し、評価することになる」としている。

 これは、家事事件手続規則に規定がある。
(事実の調査・法第五十六条等)
第四十四条 事実の調査は、必要に応じ、事件の関係人の性格、経歴、生活状況、財産状態及び家庭環境その他の環境等について、医学、心理学、社会学、経済学その他の専門的知識を活用して行うように努めなければならない。
同様の規定は人事訴訟規則第20条にも規定がある。
そして、この規定は、改正前の家事審判規則7条の3にもあった。

   ところで、「行動科学」とは、ブリタニカによれば、「人間行動の一般法則を体系的に究明しようとする新しい科学分野。1950年前後からアメリカを中心に発展、社会学、心理学、文化人類学を中心に、社会心理学、経済学、生理学、精神医学、言語学などが関連する。
ウィキペディアによれば、「行動科学は、人間の行動を科学的に研究し、その法則性を解明しようとする学問。心理学、社会学、人類学、精神医学などがこれに含まれる。」 と言われている。

これを読むと、素人にはわからない脳・心理の内面をえぐり出して権威ある結論を出すように感じてしまう。つまり、これに従っていれば、結論に誤りはない、と言うことになる。
しかしながら、1つの分野の専門家になるのも大変なのに、このように広範囲な分野を専門とすることは、要するに専門家と言うよりも広く浅くで、素人と変わりなくなってしまう内在的危険性を含んでいる。

   ブログ主は、この論文が「行動科学の知見を活用した事実の調査」を強調しているところに危惧を感じる。要するに、「行動科学の知見を持った専門家を利用して、子供の幸福ために結論を出していますよ。」というメッセージである。そこには、裁判官が、自ら事件本人である子供に会い、母親はこの子供をどのように育てるのか、父親はどのように育てようとしているのか、を考え、結論を出します、という姿勢が感じられない。DNA鑑定のように、「科学的」知見に依拠して判断します、従って、誤りはありませんよ、という姿勢である。

 そこで、行動科学の知見を利用した過去の子の監護者指定・引渡の家事審判事件の動向はどうであったかを省みてみる。すなわち、行動科学の知見に基づいて、多くは、母性優先で、母親が親権者となり、父親が親権者となる事はほとんどなかった。家事調停でも、父親が親権者を希望しても、問題外という姿勢であった。母親優先の結論を、「科学的」修飾語で、権威付け、理由づけるものでしかなかったのである。

 ここでの問題は、「行動科学の知見を活用した事実の調査」に依拠するあまり、裁判官が、自ら子供と面会して、顔つき・目つき・体格・性格などを看取して「この子供の親権者はどちらにした方が子供の将来にとって幸せか」と自ら考えることが少なかったということである。
実際、現実に子供と会うことは、調査官報告書を読むより多くの時間を取られる。特に、地方の裁判所では、 1人の裁判官が、民事、刑事事件も家事事件とともに担当しており、時間がかかる子供に会うというやり方は歓迎されない。迅速な裁判が社会・最高裁から求められているのに、事件が処理・はけなくなってしまう。その結果、裁判官の中には、子供の将来を決めるにあたって、子供の顔さえも見ないままに、結論を出していた事案も少なからずあったのではないか。「5歳の女の子、内気、おとなしい」等の報告書だけで、その子供を理解できるのか? そんな千里眼の持ち主は、存在しない。

 仮に、このような旧態依然たる家庭裁判所の姿勢が現在も存続していれば、行動科学の知見を活用した事実の調査の名のもと、従前と同じような結論が出されるのではないかと危惧される。民法766条は変わったが、家裁調査官は変わっていない。従前通りである。行動科学の知見を活用した事実の調査の建前の下に、調査官任せの審判はないと思うが、あったとしたら避けるべきである。
最低でも、裁判官は、結論を出す前に、事件本人である子供と会って、顔つき・目つき・容貌等を認識して、この生身の子供にとって、与えられた環境の下、どうやったら幸せに生きていけるかを考え、結論を出すべきであると思う。

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