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起業(佐賀藩の殖産興業)ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(2-10-.31-3)

起業(佐賀藩の殖産興業)ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(2-10-.31-3)

起業(佐賀藩の殖産興業)ー再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(2-10-.31-3)

第2編 公の初政治
第10巻 天保の飢饉、将軍の代替わり
第31章 長崎警備

起業(佐賀藩の殖産興業)

事業例
1,薪炭(たきぎ)
佐賀藩は、山林が10分の9を占めている。しかし、樹木が生育する山は少なかった。不足する薪炭は、天草から輸入していた。輸入をやめ、自藩でまかなおうと堤防や原野に、燃料となる樹木を生育しようとした。江戸付近でよく植えられている「はしばみ」は、防風の役に立ち、生育すれば、たきぎになり、生育も早いので、これを佐賀に移植した。しかし、土質が合わず、失敗した。

2,綿花
海岸の新地には、綿花を植林した。長崎の中国人から、種を輸入し生育したが、予想より収穫が得られなかった。稻田をだめにするとの反対論も上がって、失敗した。

3,鯨
壱岐の捕鯨団体から鯨を買い占め、その鯨肉、骨、油、ひげなどの需要に応じて、販売し利益を上げようとしたが、これも長続きせず、廃業となった。
4,当時、これらの新起業の悪口を言った歌に、
「ハシバミの木や江戸から、綿花は唐から、壱岐の鯨はしくじらちらかし」と笑われた。

5,サツマイモ・砂糖
このころ、天草や香川県・讃岐でさつまいも植え、砂糖の需要増加に応じて、利益を上げていた。佐賀でも、筑後川沿いの天建寺村でやせた田んぼにさつまいもを移植しようとした。藩政府はなかなか許さなかった。そこで、7年という条件で移植してみた。成績は良好で、遂に「天建寺砂糖」というブランドで、流通するようになった。しかしながら、7年の満期の時期に、「絶対必要な稻田を廃して、贅沢品の砂糖を植えるとは、政治のあり方、「天下の大法」からして断じて不可なり。」との抵抗勢力が優勢となり、折角成功のスタートに就いた事業も廃止となった。

「天下の大法」とは、昔、大宝律令が定められたとき、開墾した田地を田籍に登録させて、登録した稻田の廃止を厳禁したものである。その結果、武家が兵糧・貯蓄に努めると言うことは、その稻田を耕す、と言うことを意味するようになった。
従って、綿花や砂糖のような需要が多く、利益がある事業を興そうとしても、「天下の大法」が反対勢力の有力な理由となり、直正公もいかんともすることができず、最後まで、綿花事業を興すことができなかった。(追加予定)

(コメント:)東京大学の高木保興教授も「産業革命には宗教改革が不可欠であった。新しいことに挑戦する人たちを評価する社会でないと起業家は生まれにくい。安定性を重視する農業社会では、宗教や過去からの伝統に縛られて個人の自由な発想は早い段階で摘まれてしまう。自由な発想が国家の基本方針にとって危険と判断されて罰せられる国ではなおさらである。そういう社会では、起業は期待できない。」(文献「途上国を考える」)と書いています。

佐賀藩の場合も、新しい起業で、稲田から利益を受けていた人たちが不安を感じたり、従来の上下関係の秩序が崩壊する危険を感じて、抵抗勢力は反対したのでしょう。そういう発想を説得しない限り、起業は難しい。発想・価値観・従来の社会における上下の秩序に反した起業というのは、難しい。

TPP(Trans-Pacific Partnership)が成立見込みで、農業関係者は大変でしょう。町や村の有力者が取りまとめていたやり方では、地球の反対側の農民に価格面で負けてしまいます。かといって、その秩序を変えるというのは、社会的地位・生活レベルの低下になりますから、難しいです。
香港やシンガポールに農産物を輸出するといっても、営業・販売を他の業者に牛耳られていれば、農産物の価格決定権がなく、販売業者の言いなりとなります。(2015.9.9)

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