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侍(男)の出世・嫉妬・ねたみ—-再建の殿様・鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-9-3)

再建の殿様・鍋島直正公伝(開国・維新史)を読む(1-9-3) ー侍(男)の出世・嫉妬・ねたみ

鍋島直正公伝第1編

目録

第1編 公の出生以前と幼時 第3巻 巍松(斉直)公の政治

第9章 文化の奢侈状態

侍(男)の出世・嫉妬・ねたみ

ある時、多久(多久市)の米倉権兵衛と石井五郎というものがいた。石井は、「捻五郎(ねじごろう)」と言われた硬骨の人で、米倉と同じ付役で、米倉の上席であり、米倉の人と「なり」をいやしんでいた。
米倉が、出世して相談役となり、石井にそのことを伝えた。すると、石井は、米倉の面前をはばからず、「そうであるか、貴公にては勤まらぬ、辞退せられよ。」と言った。
米倉は、これを聞いて、顔色を変え、「不肖ながら、公の御賢慮によりて、仰せつけられたる拙者である。それを勤まらぬとは何事ぞ。」と返した。

石井は、「だからこそ申しているのだ。御賢慮によりて、仰せつけられた政治の相談役になろうとするならば、もし、その人事に反対の者があるならば、国家のために、その場にて討ち果たす覚悟が必要だ。しかるに、今の当役は、貴公の旧主人ではないか。旧主人を討ち果たす覚悟にて職務を引き受けられたのか。貴公にては勤まらぬ、お断りあれ。」と言った。米倉は、言葉に窮しながらも平気を装って「もし、そう言う場合には、その場にしたがい、拙者に方法がある。」と言って去っていった。

その後、石井は、これまで自分の下座に座っていた米倉が、敷居を隔てて、上座に座ってるのをいまいましく思い、常に、米倉の前にある煙草盆にキセルを差し伸べてタバコを吸い、かつ常に米倉を「権兵衛どん」と呼んでいた。当時、侍の番頭の名を言うには、陰で言っても某「殿」と言うべき作法であった。そういう慣行であったので、ある人が、聞くに堪えずに、「どん」とは、失礼ではないか、と言うと、石井は、苦笑いして、なんで差しつかえがあるものか、一格上りの「どん」だといったと言う。
これはその頃の話題である。一格上りの「どん」とは、文書に書く「殿」の文字の崩し字のように、 一格上りと同輩とには、少し複雑さと簡単さとの差があるだけなので、そう言っただけだといった。

石井は、その後、藩政府を出て、皿山(地名)の代官となったのは、このように仲が悪かったためである。「老奸」とは米倉のことを指したものであろう。
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 すべて、人事には、すき嫌いがあって、人身攻撃が起こりやすいものである。
弘道館出身の人のなかには、指を差されるような奸佞の人も多いかもしれないが、古賀殻堂先生の「忠告を拒否し、奢侈に溺れる」との指摘は、厳しすぎるのではないか。

(コメント:いまひとつ、「当役」「一格上がり」とか、理解できない部分もありますが、雰囲気は伝わると思います。出世する人の中には、佞奸と言われ  嫌われる人も多いのでしょう。他方、出世コースを外れた人のねたみ・嫉妬も激しいものがあります。今も昔も、佐賀も東京も日本全国変わりません。)