中小企業の海外進出と撤退原因についての文献案内。
1,結論としては、中小企業の海外進出は、失敗しても本体に影響がないようにこぢんまりした方がいいようです。それで失敗すれば撤退すればいいのです。成功すれば規模を拡大すればいいのです。
中小企業の海外進出の撤退・失敗の原因は、外部からはよくわかりません。
撤退企業は、ほとんど撤退・失敗の原因を語ることはありません。敗軍の将兵を語らず、です。
撤退した企業から、本当のところを聞くのは難しいです。本当のことを言って、運転資金がショートする、との噂でも立てられれば、銀行から融資金の返済を求められ、仕入れ先からは現金取引を求められることにもなりかねません。
ときには、撤退した企業そのものが、本当の原因をわからない場合もあります。真の原因がわかれば手を打つこともできたかもしれませんが、原因もわからず手を打てなかった場合もあります。
撤退の原因を探るには、出版されている書籍か、インターネット上に公開されている資料から確かめるしかありません。
とりあえず、調べた範囲内で、有益だった資料を紹介しましょう。
資料紹介
1),ちょっと古いですが、 1990年3月の中小企業事業団から出版されている「平成元年度海外進出中小企業のフェイドアウト(fade out 撤退)事例調査」があります。図書館にあるでしょう。
対象企業は46社で、撤退して失敗したものの、その後立ち直っている企業の調査結果です。類書がない中で有益です。進出の動機、撤退の原因、撤退の方法など細かく分析してあります。要は、商品が売れない、作った製品が品質が悪い、ということです。いろいろな悪条件の中で、売り上げを伸ばすことや、高品質のものを製造するのがいかに難しいかがわかります。取り巻く環境は変わっても、合弁相手の姿勢や考え方の変化などは、結局は人間の金銭欲・物欲の表れで、現在も変わることはなく、おすすめです。
2),2004年12月の日本輸出入銀行(国際協力銀行)に勤務していた田中三四郎著の「海外企業進出の知恵と工夫ー21世紀の世界企業時代を生き抜く糧を求めて」があります。
大企業と中小企業の成功例・失敗例が紹介してあります。国際協力銀行で長い経験を持つ著者が、海外進出の目的、計画、遂行、撤退について、第三者的立場からのアドバイスをしています。海外進出の初めから終わり撤退までの状況を観察する良書です。海外進出が多額のコストを要すること、必ずしも海外進出をしなければならないのか、といろいろ示唆に富みます。
3)、2012年9月出版の軽森雄二・細川博著の「海外進出の仕方と実務知識ー貿易業務から事業化調査(F/S)、現地法人管理まで」があります。
これは三和銀行や東京銀行に勤務していた著者が、銀行の立場から色々相談を受けたりした事例に基づいて記述してあります。「己を知り、相手を識る」ことから始まり、契約書の結び方、国際取引きのリスクの説明、法制度と税金、実際の進出のやり方等について網羅的にフォローされています。この本に基づいてチェックしていけば、相当程度リスクはチェックできるでしょう。
しかし、これらチェック項目を100%実行しようとしたら、海外進出はやめようということになるかもしれません。最終的には、責任者の決断次第です。予め調査しようとしても調査できないこともあります。思い出されるのは、南極越冬隊長であった西堀栄三郎の「石橋を叩けば渡れない」です。調査すればするほどリスクが目に付いて尻込みしてしまう、ということになりかねません。大事なのは、予想外の状況になった場合に、なんとか対処できる能力です。これは極めて高度な能力で、誰もが持っているわけではありませんが、そういう能力が要求されます。
4),2006年9月に出版された西口博之著の「国際ビジネス実務」があります。
これはトーメンに勤務していた著者が、貿易実務以外に、知的財産の移転と管理、国際プロジェクトのやり方、国際金融の推移、国際買収、レター・オブ・インテント、取締役会運営と議事録などアメリカでの経験に基づいて記述してあります。一通り概観するのに有益です。
5),実際に海外進出して奮闘した経営者の著作として、小島正憲著の
1997年出版の「アジアで勝つ」
2000年出版の「多国籍中小企業奮戦記」
2007年出版の「中国ありのまま仕事事情」
があります。
実際の中国やミャンマーに海外進出して騙されたりした体験談や乗り切ったことなどが記されていて有益です。ただ、本には書けないような事は、もちろん書いてません。それを差し引いても、現実に海外進出した人でなければわからないことが、如実に記されて役に立ちます。
同様の本として、ダイキンに勤務していた高橋基人著の「中国人にエアコンを売れ」があります。成功の秘訣と中国ビジネスの落とし穴ということで、箇条書き的にテーマごとに記してあります。体系立っていません。やや自慢話の感がないわけでもありません。それなりに有益です。
6),最近のアジアやアジア新興国の進出形態や手続き、外資規制、労働、税金、インフラの現状については、ジェトロの
2012年「アジア主要国のビジネス環境比較」
2013年「アジア新興国のビジネス環境比較」
が、簡潔に記述してあり、有益です。いろいろのトラブルが紹介してあります。
7),その他、最近の資料では2013年6月の日本政策金融公庫総合研究所レポートの「中小企業の海外撤退戦略ーアジア市場開拓からの撤退経験とその後の事業展開」がインターネット上で公開されています。
ただ、調査対象企業は4社しかありません。調査対象企業が少なすぎ、また、規模も小さいです。一般化するにはやや難があります。
8), なお、類似の事例として、 2013年6月に、中小企業海外展開支援関係機関連絡会議から「海外展開成功のためのリスク事例集」が、インターネット上に公開されています。
この事例集で、示されている対応策も、一応参考にはなるものの、中には現実的でない対応策もあります。中小企業で、人材も不十分、資金力も不十分な状況のもとで、多額の費用を要する調査とかの対応策を示されても、その企業の置かれた状況下では実現不可能な対応策でしかなく、現実的ではありません。海外進出して苦労したことがない人が、理屈の上で考えた対応策との観があります。
9)、新聞記者・ルポライター・記者等が、いろいろ進出した企業にインタビューしたものをまとめたもの、「表題」だけもっともらしいもの等は、たくさん出版されていますが、ほとんど役立ちません。雑誌の特集も役立ちません。部分的で、全体的考察に欠けていたり、自ら何の経験もなく、受け売りのものが多すぎます。相手が行ったことをそのまま書いているものは、全体的なことがわからず、位置付けが分かりません。残念なのは、読んでみなければわからないことです。無駄になった「時間をかえせ」と言いたいですが、自分が見る目がなかったのを悔やむだけです。
10) 理想論かもしれませんが、海外進出する場合は、海外進出によって予想される困難に対応できる能力がある人が派遣され、いろいろ出てくる予想外のことに知恵を絞って対処していくことができれば、成功するでしょう。そういう人材は、 めったにいるわけありません。全力を尽くしても、限られた条件の中で失敗する可能性は高いです。そのためには、まずは試しにこぢんまりと、個人商店として、出発するのが1番でしょう。そして、いろいろ試行錯誤しながら、事業を展開していくのがいちばん無難な方法ではないでしょうか。
以上は一般論で、具体的案件については弁護士にご相談ください(2014.10.14)。