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先生に対する師弟の礼(江戸時代、大名と商人の違い)ー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-4-11-3)

先生に対する師弟の礼(江戸時代、大名と商人の違い)ー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-4-11-3)

先生に対する師弟の礼(江戸時代、大名と商人の違い)ー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(1-4-11-3)

第1編 公の出生以前と幼時

第3巻 齊直公の政治

第9章 文化の奢侈状態

・先生に対する師弟の礼(大名と商人の違い)

 学者(儒者)の大名に対する教授法(江戸時代)ー御出座の儀という。

 通常、大名が学者(儒者)に謁見する場合、大名は上座の座布団にすわり、学者ははるか下の座に出て拝伏するのが、しきたりであった。

しかし、経書(儒学の経典)を講釈する場合、大名は上座を避けて、横に座を移し、「授業板」という黒塗りの板をおいて、その上に本を置いていた。
他方、儒者は、その反対の座に教授の見臺(げんたい)をおき、これに経書をのせて教授をしていた。
授業が終わると、教授はひざまずき、下座に出て礼拝して退出するをしきたりとした。
ここでは、師弟の礼をとっていた。これは、藩祖が、高僧からお経を聞く例にならったものである。他の藩の授業も、おおよそこのようである。

・一方、豪商・商人等が、町学者を呼んでの聴講は、すこぶる不遜をきわめたものである。商人等が上座に座るのに対して、講師は部屋の入り口までひざまずいて進み、手をついて講釈するのに甘んじていた。
これは、学者を講談師・落語家と同視したものである。その講義する聖賢の言葉も威厳を欠いて、教えに何の効果もない。このような待遇に甘んずる人を名づけて「売学者」と言った。

(コメント:身分制度が厳しかった江戸時代でも、大名が儒者や高僧から教えを受けるときは、家来の学者であっても、学者に師弟の礼をとっていたのです。他方、商人が、町学者を招いて講義を受ける際には、そうではありません。このように、学者に対して師弟の礼を欠いたやり方に甘んじている学者を「売学者」と軽蔑しています。
当時も、教育は重視され、先生も敬意をもって、接せられていたのです。)

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