抵当権者(銀行等)が賃料債権を差し押さえた場合に、賃借人は、賃貸人への保証金返還請求権を自働債権として、相殺できるか?
キーワードとしては、「早いが勝ち」です。抵当権設定登記時と自働債権である保証金返還請求権の取得時との優劣、すなわち、時期が早いほうが勝ちます。賃借人は、登記が早かったら、相殺で対抗できず、登記前に保証金返還請求権を取得していたら、相殺で対抗できます。
抵当権は登記により公示され、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは登記により公示されている、と解するのです。従って、登記後に取得した債権による賃借人の相殺の期待を保護する必要はない、と解するのです。
登記が早かった事例が、最高裁の平成13.3.13判決の場合です。これは、物上代位による差押えです。
登記が遅かった事例が最高裁の平成21.7.3判決の場合です。これは、担保不動産収益執行による差押えです。
ここでは、最高裁の平成21.7.3判決の事例を紹介します。
事案(注意。加工して要約してます)は
(1) 賃貸人は,平成9年11月20日,賃借人との間で,本件建物を次の約定で賃借人に賃貸する契約を締結し,これを賃借人に引き渡した。
イ賃料月額700万円
ウ保証金3億円
(3) 賃貸人は,平成10年2月27日,抵当権者のために,本件建物につき,債務者を賃貸人,債権額を5億5000万円とする抵当権を設定し,その旨の登記をした。
(5) 賃貸人は,平成18年2月14日,滞納処分を受け本件保証金の返還につき期限の利益を喪失した。
(6) 本件建物については,平成18年5月19日,本件抵当権に基づく担保不 動産収益執行の開始決定があり,管理人が選任され,同月23日,本件開始決定に基づく差押えの登記がされ,そのころ,賃借人に対する本件開始決定の送達がされた。
(8) 賃借人は,賃貸人に対し,平成19年4月2日,本件保証金返還残債権2億円を自働債権とし,平成18年8月分から平成19年3月分までの8か月分の賃料残債権の合計2940万円を受働債権として,対当額で相殺する旨の意思表示をした。判示
1、「 次に,抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後において,担保不動産の賃借人が,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし,賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができるか、という点について検討する。2、被担保債権について不履行があったときは抵当権の効力は担保不動産の収益に及ぶが,そのことは抵当権設定登記によって公示されていると解される。
そうすると,賃借人が抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権については,賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるから(最高裁平成13年3月13日判決),担保不動産の賃借人は,抵当権に基づく担保不動産収益執行の開始決定の効力が生じた後においても,抵当権設定登記の前に取得した賃貸人に対する債権を自働債権とし,賃料債権を受働債権とする相殺をもって管理人に対抗することができるというべきである。本件において,賃借人は,賃貸人に対する本件保証金返還債権を本件抵当権設定登記の前に取得したものであり,本件相殺の意思表示がされた時点で自働債権である賃借人の賃貸人に対する本件保証金返還残債権と受働債権である賃貸人の賃借人に対する本件賃料債権は相殺適状にあったものであるから,賃借人は本件相殺をもって管理人に対抗することができるというべきである。」