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政府が、実質よりも建前・形式にこだわるのは、今も江戸時代も同じー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(3-16-49)

政府が、実質よりも建前・形式にこだわるのは、今も江戸時代も同じー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(3-16-49)

政府が、実質よりも建前・形式にこだわるのは、今も江戸時代も同じー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(3-16-49)

第3編 直正公 政績発展
第16巻 新砲台成る
第49章 新砲台の工事成る(嘉永5年 1852年 39才)

・ 政府が、実質よりも建前・形式にこだわるのは、今も江戸時代も同じ

  ・この頃の時代の変化は、人々を一方向にだけ向かわせることを許さなかった。いろんな方面に希望を懐かせた。直正公と執政安房は、教育においても、その希望をかなえさせるようにした。
そのころの寮生には、時代に変化に応じて才能を養おうと、史学に傾く者が多かった。水戸風の国学に傾き、活発な勤労論を主張する者が増加した。明治に活躍する副島種臣、大木喬任(たかとう)、大隈重信、江藤新平等を輩出した。

・この年、精錬方を設置した。ここで、西洋の化学試験をなすためであった。硝酸、硫酸、塩酸などの効用が認められたからであった。主たる目的は、火器に必要な煙硝などの原料試験をなすためであった。これに関連して、薬剤、機械を製造し、藩の利益にしようとした。しかし、化学試験は着手しやすいが、成功は難しく、はかばかしいことはなかった。

・ 伊王島・神ノ島間の埋め立て工事がなり、さらに新砲台に大砲を配備する。

・幕府は、弘化以後、オランダは「通商国」であって、「通信国」でないとして、オランダ国からの書類を「国法に障る」と言って受け取らなかった。この年、渡来したオランダ商館長ドンクル・キュルシウスは、ジャワ総督の文書で国王命令の筆記と称するものを持参し長崎奉行に提出した。

その文書は、アメリカがいよいよ日本と通商を取り決めるため軍艦を派遣することを密告したものであった。そのため、差し返すことも出来ず、長崎奉行は、密かに江戸に送った。江戸では、これまで各国に「信書を受け取らず」と断言した手前、その処置に苦しんだ。結局、「筆記にて通信にあらず」といって受け取った。

この書翰は、アメリカ軍艦の日本への派遣について、「もし鎖国の政策をなおも固守されるならば、このたびは開戦となるを免れない。この容易ならざる時期に、この船長を派遣するので、日本の顧問とされたい。」と記してあった。極めて懇切にアメリカの事情を報告してあって「国書」であって、「筆記」とみなすべきものではなかった。

その文書は、ジャカルタ発「大尊君長崎奉行へ」からはじまっていた。内容は、日本に有利な条約の草案も含まれていた。幕府が、他日、米国と結んだ条約交渉では役だったと思われる。このドンクルは、出島のオランダ館に在留して、幕府のために数々の有益な周旋をなした。直正公の第2の海軍の実現についても有益な尽力をなした。

・本年(1852)11月24日、アメリカのペルリ艦隊4艘は、本国を出航した。
大西洋からアフリカ南回り。

・ロシアも、アメリカが日本に使節を送ろうとするのを秘密に察知し、これを牽制して利益をもっぱらにしようと、司令官プチャーニンを使節として、帆船・汽船4艘よりなる艦隊を日本に向かわせた。
日本は、当時通信も十分でなく、このようなことは夢想だにしていなかった。

・この年は、直正公の最も得意の年であった。

(コメント:幕府の対応と似たことは、最近の政府の対応でも見られます。実質は同じなのに形式の違いにこだわり、それぞれ逆の措置を講じています。
幕府は、オランダの国書が信書そのものなので、従来の法制からすれば受け取ることは出来ないはずですが、受け取る必要があったため、従来の法制は変えないまま、形式的に「筆記」とこじつけ、通信と筆記は違うと言って受け取りました。

ビットコインにしても、実質的に、通貨と同じく、決済手段や送金手段として利用されており、規制の必要性がありました。しかし、金融庁は、当初、通貨でないものは規制しないという立場でした。そもそも通貨とは、発行権限がある国家が発行するもので、発行者がいないビットコインを通貨として認めることは出来ない、通貨として規制すれば、正式に「通貨」と認めたことになる、という理由です。
しかし、ビットコインを規制する必要性は高まりましたので方針を転換して、
・仮想通貨の取引所を登録制にする。
・口座開設時に本人確認をする。
・顧客資産の分別管理。
などの規制の草案を作ったのです(27.12.8  日経)。

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