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本邦初の反射炉築造に苦心惨憺すー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(3-16-47)

 本邦初の反射炉築造に苦心惨憺すー鍋島直正公伝(久米邦武著)を読む(3-16-47)

第3編 直正公 政績発展
第16巻 新砲台成る(嘉永3年=1850年~同4年=1851年)
第47章 幕府の拝借金許可(允許 いんきょ)

     ・本邦初の反射炉築造に苦心惨憺す

・反射炉とは、熱の反射を利用し、中部に高熱を集めて鉄を溶かすものである。この築造に
西洋砲術に本島藤太夫
会計に田代孫三郎
漢学洋学に田中六郎
蘭学に杉谷よう助
算術に馬場栄作
鉄工棟梁に谷口弥右衛門
鉄の鎔化鍛錬に刀鍛冶橋本新左衛門
の7人を起用した。

・そして、まず杉谷が蘭学書の原書を翻訳し、田中がさらに研究し、
馬場が、原書の寸法から計算して拡大し、また反射炉の屈曲の面積を算定し、
谷口が鋳造を担当し、橋本が鉄の鎔解、添加物の割合の調合を担当した。
・堅炭は日向・豊後から買い入れてコークスの代用とした。

しかし、原書に基づいて、装置を作ったものの
・煉瓦が崩壊する
・反射の加熱が十分でない
・火力が平均しない
・鉄が溶解しない
・鎔解しても不純物が混じる
・大砲を作ったものの試射すれば砲身が破裂する。作っては破裂の繰り返し。
・当時、蒸気機関はなく、水車によっていたため、力が弱かった。また、人力で機械を運転していた。

 そこで、本島が、かくなる上は切腹するしかないと言ったところ、田中は、「本意を達するまでは、我が輩の生命を捨てるべきにはあらず。この事業のためには精神を消耗して死すとも、中途で切腹しようとは思いも寄らぬことなり。」と答えた。

・幕府からの拝借金を要望していたところ、長崎増築費10万両は却下となり、代わりに風水害費用(の名目で)として5万両の拝借金が允許(許可)された。これは、阿部老中の配慮によるものである。

(コメント:直正公は、原書を翻訳して、同じようなものを作れば、大砲は作れると安易に考えている節があります。しかし、似たような装置を作っても、その本来の機能を発揮させるためには、基礎的な物理・化学の知識や原材料が必要で、そういう知識や原材料を入手できなかった担当者の苦労が偲ばれます。敬服します。)

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