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父と子の面会交流を認めた役立つ審判例と役立たない審判例・調停例

父と子の面会交流を認めた役立つ審判例と役立たない審判例・調停例

1,役立つ審判例というのは、札幌家庭裁判所の審判です。
役立たない審判例と調停例というのは、高知家庭裁判所の審判と福島家庭裁判所郡山支部の調停です。
いずれも、母親に対して父親が子と面会交流することを許さなければならないと命ずる審判をしました。しかしながら、審判や調停の内容について、面会交流の日時、交流時間、子の引き渡し方法などについて、札幌家庭裁判所の審判は十分であるけれども、高知家庭裁判所や福島家裁郡山支部の審判等は不十分であったと言うのが、運命の分かれ目です。

2、最高裁判所は、平成25年3月28日、同じ日に、同じような面会交流を妨げられた事案について、一方では、母親に対して間接強制(慰謝料みたいなもの。民事執行法172条)を命じ、他方では母親に対する間接強制の申し立てを退けました。
最高裁判所は、面会交流を認める審判に基づいて、間接強制をすることができることを認めました。ただし、間接強制をするためには、「面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引き渡しの方法などが具体的に定められているなど、監護親がすべき給付の特定に欠けるところがない場合」としました。そこで、札幌家庭裁判所の審判は、その内容において十分であるが、高知家庭裁判所の審判と福島家裁郡山支部の調停は不十分である、としたのです。

3、家庭裁判所の審判というのは、申立人の申立て内容に必ずしも縛られずに、職権で調査をし、結論である審判を下すことになっています。この職権主義というのは、山木戸克己教授は、「職権主義というのは、結局、裁判所がまぁ責任を負うと言いますか、その審判に対して一切の非難を覚悟しなければならんという意味だと思うんです。」と言っています(家裁月報23巻9号) 。
調停においても、裁判官は当事者間に成立した合意が相当であるかどうかを判断し(前家事審判規則138条の2)、不相当と認めるときはさらに調停を続行させるとなっています。
裁判官の責任は、民事裁判以上に重いのです。

4、「民事訴訟法理論は誰のためにあるか」というのは、民事訴訟法学者新堂幸司教授の論文です。面会交流を求めた父親にとって、長い時間をかけて家庭裁判所に面会交流を申し立て、家庭裁判所の審判が出されても、そして母親が子の面会交流を妨害したとしても、全く何もできないのです。父親にとっては、「家庭裁判所は誰のためにあるのか、何のためにあるのか」というもって行きようのない怒りを覚えているのではないでしょうか。家庭裁判所の調停や審判は、 極論すれば、画に描いた餅、画餅にしか過ぎなかったのです。調停や審判を反故にした母親はほくそ笑んでいるかも知れません。

5、最近では、民法766条が改正されて、離婚や親権に関する書籍や講演では、多数回、裁判所から「子の利益」が強調されています。
しかしながら、このような高知家庭裁判所や福島家裁郡山支部の裁判官は、その後の顛末についての想像力が欠けていたのかもしれません。自ら下した審判や相当性を判断した調停が、強制執行できないものであることについて、残念ながら、十分な配慮がかけていたのでしょう。

6、調停合意には、細心の注意が必要です。裁判官がチェックしてくれるだろう、というのは期待しすぎです。審判にしても、細心の注意をもってチェックする必要があります。いいかげんな審判だったら抗告する必要があります。裁判所の職権主義・後見的役割に過度に期待するのはリスクがあります。(2014.11.6)

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