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再建の殿様・鍋島直正公伝の成り立ち、記述方針—-鍋島直正公伝を読む(0-3)

再建の殿様・鍋島直正公伝の成り立ち、記述方針—-鍋島直正公伝を読む(0-3)

 

鍋島直正公伝

鍋島直正公伝

例言(本書の成り立ち、記述方針、構成と凡例)ー意訳・要約・抜粋

成り立ち

この書は、鍋島正二位公の嘱託により、大隈重信侯の監修の下に、文学博士 久米邦武が執筆編述し、文学士 中野礼四郎が校訂したものです。
1909年(明治42年)起稿、 1919年(大正8年)完成。完成に10年を要しています。長編大作です。
(本の天、地、腹にも金粉がつけられています。豪華です。)

・・・・直正公は、肥前国主として、長崎警護(警備)の重責を受け、世界形成の一大変革に出でて、鎖国を開国、封建を廃藩置県となすまで、初・中・終にわたって、時勢と対応して責任を全うした。もって皇政一統の偉業を翼賛ありし元勲なれば、外国にまで畏敬せられたる功績は、佐賀藩1人これを私するにえず。すなわち、執筆範囲を朝廷・幕府にまで拡大し、さらに世界にまで及ぼして、これを記述せざるを得ない。これ佐賀藩最終の誇りである。

記述方針

 歴史の事実は連鎖の如しである。一部を明らかにせんと欲せば、前代にさかのぼり、後世にわたり、世界の大勢にかんがみ、国内の潮流に考えて、これを研究考察しなければ、その真相知ることかたし。—
これ直正公の前代以前より筆を下し、もって公の隠居後の時代に及べるゆえんにして、あるいは、西力東漸の歴史を説き、あるいは幕府諸藩の動静を論じ、もってその関係の影響するところをあきらかにせむと勉めたり。—-

  ゆえに、本伝記は、ある点より見れば、世界に対する開国史と断ずることをうべし。ある点より論ずれば、佐賀藩を中心としたる幕末維新の歴史と解することをうべし。著者の趣旨は、この間における直正公の境遇、制度、抱負、期待などを調べて、我が歴史上における直正公の位置を説明するにあり。

構成

第1編:直正公が家督を継ぐ以前

第2編:家督を継いだ後の改革

第3編:長崎防護(警備)、砲台の建築等

第4編:海軍創設、造船の練習、そして隠居

第5編:公武合体運動の中、病をおして朝廷・幕府の間にあって調停

第6編:明治維新に際し、開国の規模を定め、内乱を収めて版籍奉還を主導し、北海道の開拓を始め 、そして佐賀藩の終わりを全うする。

記述方法

 編年体よる。ただし、錯綜している事実はこれを分類して記述した。
本伝記は、見聞による事実の記述を主となし、もってこれを文書・記録に照らして、これまで世間より誤解せられたりしことを訂正したる箇所少なからず。
ただ直正公の偉業は広大にして、その思慮は高遠なるをもって、この書のごときで、これを伝えんとして、その10分の1、2をも尽くすに至らず。

1919年(大正8年) 11月 久米邦武 誌

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