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恐ろしい強姦裁判(1)   (備忘メモ用)

1,大阪地裁は、平成27年10月16日、強制わいせつ,強姦再審事件について、無罪判決を出した。原文は下記のURLの通り。
URL:http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=85443

【公訴事実】の概要

  被告人は,被告人方において,同居している被害少女A(平成18年7月に養女とする)に対し、
 1, 平成16年11月21日ころ,A(当時11才, 小学校5年生)の肩等をつかんであお向けに押し倒し,無理やり衣服をはぎ取り同女を姦淫し,
2, 平成20年4月14日ころ,前記犯行及びその後繰り返し行った虐待行為等によりA(当時14才、中学校3年生)が被告人を極度に畏怖しているのに乗じ,前同様の暴行を加えて同女を姦淫し
3,平成20年7月上旬ころ,その背後から両腕でその身体に抱き付き,両手で衣服の上から両乳房をつかんで揉んだ」
   注
(・被害者の母親は、被害少女について、平成20年8月29日に産婦人科を受診させ、処女膜が破れていないとの診断がなされ、その後も処女膜裂傷の有無を確認するために、同年9月8日と同月24日の2回にわたり別の産婦人科を受診させた。
・被害少女は、平成19年に叔母方で寝泊まりするようになったが、被害少女の方から再び被告人宅に戻った。
との事実がある。 )
 平成21年5月15日、大阪地裁は、否認している被告人を有罪とし、判決で「醜悪極まりなく、齢(よわい)六十を超えた者の振る舞いとも思えぬ所業」と指弾し、懲役12年に処した。
 平成22年7月21日 大阪高裁、被害者等の供述は信用できるとして控訴棄却。
 平成23年4月21日 最高裁、上告棄却決定。
判決確定し、服役。

事件の端緒
平成20年9月 被害者の告訴を受け、被告人は逮捕され起訴される。

裁判後の事情

・服役中の平成26年9月 弁護人が被害女性から「被害はうそ」、目撃者からも「目撃証言はうそ」と告白を受け、地裁に再審請求
・同年年11月 検察官は,再度補充捜査を実施し,強姦被害後の平成20年8月29日、Aが受診した産婦人科で,「処女膜は破れていない」とのカルテの存在が新たに判明したことから,速やかに再審開始決定の意見を述べ、服役中の男性を釈放(拘束期間6年2月)
・平成27年2月27日 地裁が再審開始決定     
・同年8月 再審初公判で検察が虚偽を見抜けずと謝罪、無罪判決を求める
・同年10月16日 再審判決で無罪判決

2,確定審の検討

(1)本件の核心部分である被害者が姦淫されたかどうかの証拠調べ
 被害者は,起訴された平成16年11月及び平成20年4月の2回のほか,何回も被告人に強姦されたと供述し言い、被告人は否定している。
 そうであれば、被害者の処女膜が損傷していると考えられ、被害者の被害診断の結果を確認するのが相当であり、通常この種の事件では行われていると考えられる。

 

 確定審の公判では,被害者の実母Dは,最初,Aが被告人から胸を触られたと言っていたので,これは強姦の被害を受けているのではないかと疑い,平成20年8月29日にAを産婦人科医院に連れて行って診察を受けさせたことがあったほか,その後,警察から依頼があり,同年9月8日と同月24日の2回にわたり、Aを別の産婦人科医院に連れて行ったことがあった旨供述していたが,確定審では,産婦人科医師の診断結果についての証拠調べはなされなかった。
  弁護人も、控訴後、証拠となる診療記録の取り寄せを求めたのに対し、検察は安易に「存在しない」と回答した。
   また、大阪高裁も、当時の受診状況を確認するために求めた女性と母親への証人尋問を認めず、一審の判断を漫然と支持した。
 このように、被害者は、被害後に別々の産婦人科の診断を少なくとも3回受けているのだから、当然カルテは存在する。
 検察官がカルテの存在を隠していたとすれば、証拠隠滅にあたる。
 確定審の大阪地裁と大阪高裁においても、被害者が多数回にわたり強姦され、産婦人科の診断を受けた事実が分かっておきながら、そして弁護人がカルテの取り寄せを求めたのにそれを認めず、被害者や目撃者の証言のみから、強姦の事実を認定している。
 最高裁も、なんらこの点について疑問を抱かず、上告を棄却した。
 
 どうしてこのような裁判が行われるのか。

 確定審の大阪地裁は、本件公訴事実である「養父がその地位を利用して幼い養女を強姦した」との事実から、判決理由にもあるように「醜悪極まりなく、齢(よわい)六十を超えた者の振る舞いとも思えぬ所業」との正義感に駆られ(検察取り調べでも、女性検事は「絶対に許さない。」と取り合ってくれなかったと言う)、また弱冠14歳の少女がありもしない強姦被害などをでっち上げまでして養父(実質上の祖父)を告訴すること自体非常に考えにくく、被害少女に虚偽供述を行う利益や動機がないことから、早期に結論を出していたのではないか。
 弁護人は、被害少女の母親が少女時代に被告人と性的関係があって結婚を期待していたのに、被告人が別人と結婚したことから、怨恨を抱いて被害をでっち上げたと主張した対して、被害少女は被告人から養育してもらった恩義を感じており、被害少女の母親が自分の娘に強姦被害を捏造して報復に出ることは到底考えられないとした。
  しかしながら、確定審の段階でも、被害少女の母親が強姦被害後に、被害少女を一度産婦人科に診察させ、さらに2回にわたって別の産婦人科に診察させていることから、被害少女の実母が処女膜損傷という被害事実を執拗に求めていたことが伺える。裁判所は、こういう事実を一切考慮していない。
 そして、被害少女の被害を打ち明けるいきさつの自然性については「自然」さを多数回強調したうえ、供述内容の自然性・合理性について、「具体性、迫真性」に満ちている」として、弁護人の主張を「何の証拠にも基づかない憶測に過ぎない」と排除している。
  人間が経験していないことをあたかも経験したかのように錯覚して記憶することについては、「錯覚の科学」菊池聡著に詳しい。
 その本には、ワシントン大学で行われた実験で、例えば、人は「子供の頃に、ショッピングセンターで迷子になっていないのに、迷子になった。」という事を思い出すように言われれば、数週間後、時間的、空間的に異なる文脈で起こった現実のできごとの断片から構成され想像を膨らませた「鮮明な視覚的イメージをもとに誤った記憶が形成されることが報告されている。
 本件では、被害少女が、被害は嘘だったと申告した際に、実母から動画などを見せられ実母に言われるままに嘘の供述をしたと説明している。
 嘘の供述であるから、不自然・不合理という事は決してない。確定審の地裁判決は、被害少女の供述を「具体的、迫真的」そして「極めて自然である」と繰り返し評価して、その信用性を強調している。
 しかし、嘘であっても、これまで客観的に体験したり見たりした出来事の断片を組み合わせて、嘘の記憶・供述を作り出すことができる。だからといって、その内容が不自然と言うことはない。
 裁判官の思考の前提には、嘘の供述には不自然なところがあり、自分(裁判官)はそれを見抜ける能力がある、との誤った驕りがある。しかし、裁判所では、供述者の置かれた状況や客観的事情をすべて調べるわけではない。むしろ、ベストエビデンスが求められ、より少ない証拠調べ請求を推奨している。裁判員裁判では、特にそうである。そうしないと裁判員には、十分な証拠調べに付き合う時間がないからである。
 一般的に、判決では、常に主張・供述が「論理的か、合理的か、自然か、具体的か、迫真的か、」で評価される。しかし、これは極めて危険である。同じ事実を取り上げても、弁護人が不自然と主張しても、裁判所は、異なる方向から異なる証拠を持ち出して評価すれば「極めて自然」と評価される。しかも、控訴審においても、その地裁の判決文言自体に矛盾がなければ、合理的な判断として素通りし控訴棄却となる。
 必要なのは、愚直な客観的裏付けである。本件ではそれが決定的に欠けていた。
ろしい強姦裁判(2)に続く